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2011年04月16日 (土) | Edit |

3月11日。


あの日。

たまたま郵便局に用事があり、珍しく午後の公園で過ごしてました。

誰もいない大きなグラウンドがある公園でチビと二人きり。


遊具から降りたチビに、そろそろ帰ろうよ、と声をかけた時でした。

グワリと足もとが揺らぎ、地震だ!と確信したときには、

立ってられないどころか座ってもいられない程の大きな横揺れに。


とっさに安全なところへ・・・と、グラウンドの中心部分へ、

チビを左手で抱きしめながら、ほぼ四つんばいに近い状態で移動しました。


まだ?まだ終わんないの!?

もう終わる、きっと終わる!・・・


そう心の中で願うも、さらに強く激しく大きく揺れる地面。

そして目の前で鈍い音を立てて走る地面の深く長い亀裂。

初めて目の当たりにした地割れでした。


地割れ!?怖い!ヤバい!離れなきゃっ・・・


何とか立ち上がり、激しい揺れに足下をとられながらも、

必死にアスファルトのある公園の入り口へ移動しました。

それでも尚おさまらない激しい揺れ。

道路を挟んだ向こうにある住宅は、まるでオモチャの家のように揺さぶられ、

公園の街灯は、ビニールで出来てるかのように大きく弧を描きました。

目の前の会社から飛び出してきた二人の女子社員が悲鳴を上げながら、

駐車場の真ん中に座り込み泣き叫んでました。


揺れはおさまるどころか、寄せては返す波のように弱く強くを繰り返します。

まるで永遠かとも思われるほどの時間でした。


最悪のシナリオがよぎります。

正直、チビを抱きしめながら、もう駄目かもしれない・・・とも思いました。



揺れが弱まると近所の家の方々が次々と公園に現れました。

「大丈夫だった?」「怖かったね!」「怪我はない?」

お互いがお互いを気遣いあいます。

たったこれだけの声の掛け合いだけど、気持ちは少し落ち着きを取り戻しました。

そして同時に覚悟もしました。

とにかく、恐ろしいことが起きてしまったんだ、と。



程なく揺れが落ち着いてきた頃を見計らい、自宅を目指しました。
チビを抱いて歩いてる途中、何度も来る大きな余震に足止めを食らいました。


あちこち隆起するアスファルト、割れて散乱する屋根瓦、倒れたブロック塀…

自分の人生でまさかこんな現実離れしたような光景を目の当たりにするとは、

想像だにしていませんでした。


これは本当に現実なのか。

ボンヤリと心のどこかで、夢であったらいいのに・・・と何度も思いました。


自宅に戻ると、サイドブレーキを引いていたはずの車が、

50センチ程移動してました。揺れの大きさが伺えます。

玄関の鉢は倒れ、傘立てが倒れ、

下駄箱の上に置いてた物が床に散乱していました。

室内ではカウンター上の水槽が20センチ程移動して床は水浸しになり、

TVがキャスター付きの台ごと1m程移動してました。

キッチンでは600リッター弱の冷蔵庫がありえない位置に移動し、

洗面台の収納扉からはいろんな物が飛び出して散乱してました。

幸い、倒れた物は2階の本棚くらいですみましたが、

散乱した本で足の踏み場は皆無。

ただ、割れた物が床に散乱することはありませんでした。

家の中が散らかったくらいで、損害物は一切なし。

本当に、本当に恵まれました。



一安心も束の間、大きな余震は続きます。

向かいの設備会社の社員さん達が私達に気づき、

建物の側は危ないからと、敷地内の駐車場で一緒にいるように誘ってくれました。


正直、かなり心強かったのを覚えてます。

「子供を守らなくては」という動物的な本能を支えにしたとしても、

子供の手前、「怖い」という言葉を飲み込むだけで精一杯でした。

誰かがいるということ、自分以外の大人がいるということが、

精神的にかなりの支えになったのです。


車から流れるラジオ放送で、徐々に情報を得るにつれ、

得も言われぬ不安と恐怖が沸き上がります。

それでもまだ、どこかで、受け入れきれない自分がいました。


日も暮れてきて、不安もいっそう募ります。

天候は荒れ、雪が散らついてきました。

とにかく頻繁に起きる大きな余震が怖かったし、

ライフラインが全滅してたため、自宅敷地内の車の中で、

チビと二人で旦那が帰ってくるのを心待ちに過ごしてました。


この時点で、初めて今回の地震による津波被害を目の当たりにしました。

ワンセグから流れる、地獄のような映像に言葉を失いました。

今、すぐ側で何が起き続けているのか、を理解するので精一杯でした。

見慣れた町が、何度も足を運んだ場所が、

押し寄せる津波に一瞬にして飲み込まれていく様を移すディスプレイを、

ただただ、歯を食いしばりながら眺めるしかありませんでした。


夜8時頃、旦那も無事に帰宅して、初めてホッとしたのを覚えてます。


その後、水道は2日後に復旧し、電気は5日後に復旧しました。

近所の人と公園に水を汲みに行ったり、給水場所へ水を貰いに行ったりと、

その間、いろいろなサバイバルもありましたが、家も、想い出の品も、

何よりも大切な家族を誰一人と失うこともなかったのです。

全てを失い、あまつさえ命をも失ってしまった人達を想うと、

大変だったと嘆くには、あまりにもおこがましいのではないか、と。



ただ、正直、震災時の記憶がボンヤリしてます。

チビを抱きしめながらあの恐ろしい程の揺れをやり過ごしていたとき、

その時チビが泣いていたのか、私は泣いていたのか、

チビに何か声をかけていたのか、誰かに助けを求めて叫んでいたのか、

まるで覚えていないんです。

周りの景色や音の記憶も断片的に抜けています。

いや、断片的に目に焼き付いている、といった方が正しいかも知れません。

今思うと、それだけ恐ろしい体験だったんだろうな、と。


あれから1ヶ月以上が過ぎました。

チビは今でも突然話し出します。


「2丁目公園いたの~、いっぱい揺れて~止まって~また揺れて~・・・」



そしてTVが映し出す、被災した地域の映像を見て言います。


「グチャグチャなの!なおせるの!もういっかいなおせるの!」



うん、なおすよ、なおせるよ。

みんなでなおすんだよ、とチビに答えながら、

それが言霊となるよう祈り、信じ、復興を願う毎日です。



育児ブログ(自称)と称する「チビいつ」を楽しみにしてくれる人達のことを考えると、

いつも通りの記事をUPすべきなんじゃ・・・とも思ったんですが、

mixiは読める人が限られるし、twitterで呟くには文字数多すぎだし、

他にブログやってないんで、この記事も「チビいつ」の一部として、

思い切ってUPすることにしました。



さぁ、みなさん。

自粛自粛と自粛しすぎず、被災した地域を想い、復興を願いながら、

お花見といきましょうよ。


年に一度、せっかく美しく咲く、日本で自慢の桜ですから。






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コメント
この記事へのコメント
1. 忘れられないね
ユトさんにメールしようと思ったまま 今日になってしまいました。無事こちらに帰ってきたのかな?ケガなどなかったですか?

ユトさんの日記読んでまた泣きました。あの日から もう何度泣いたかわかりません。本当に怖かったよね。子供のためにと気を張る自分と、今にも弱音を吐いてしまいそうな自分・・・精神的に追いやられそうになった時期もあったけど、今は大丈夫です。

本当に地域同士の言葉がけひとつが 支えになるよね。
ユトさんもお子様も無事でいてくれて良かった!
2011/04/16(Sat) 16:27 | URL  | もも #79D/WHSg[ 編集]
2. 怖かったね
こっちで地震が起こった3時間後にニュースで知りました。
街が津波に飲み込まれる様子は本当に起こった事とは思えず映画を見てる思いでした。
ユトさんとチビちゃんも怖い思いしたんやね。読んでて涙出たわ。

うちは阪神大震災を中3で経験してるんやけど、その時の記憶が無いんよね。
自宅は倒壊したから友達宅にうちだけ1ヶ月くらい避難してたんやけど、その記憶もなく。。その後仮設住宅に家族で移動して1年くらい住んだのは覚えてるけど、どんな間取りやったとかその間にあったイベントとか全く覚えてない!

あんまし辛いとか怖いとかやと人間記憶が無くなるみたいやね。でもその方が良いかもよ。うん。

阪神大震災以上の被害やけど、なおせるよ!だって日本人強いもん!!
2011/04/16(Sat) 20:37 | URL  | amakko #79D/WHSg[ 編集]
3. 無題
ユトさん一家が皆ご無事で本当によかったです。
ツイッターで無事を確認できたときは心の底から安心しました。

子供と二人きり、「自分がしっかりしなきゃ!」と思う気持ちと、大人は自分しかいないという心細さ、本当に辛かったと思います。
そちらに比べたら私の住む地域の揺れは大したことはなかったけど、それでも子供と二人っきりでのあの長時間の揺れはものすごく不安だったので、ユトさんの気持ちは計り知れない程だったと思います。

一日でも早く復興できるよう、子供にも大人にも笑顔が戻るよう、願わずにはいられません。
なんかうまくまとめられなくてすみません;
まだ余震が続いてますが、どうか気をつけてお過ごし下さい。
2011/04/16(Sat) 20:54 | URL  | ハオトサクラ #79D/WHSg[ 編集]
4. 無題
なんと言ったらいいのやら…。

目の前で地割れが起きるとか、津波で家がさらわれる…。
まるで映画のような出来事が、まさか自分に降り懸かるなんて!!

今回の大震災にあわれた被災者の方は、上記のような思いでおられるのでしょうね…。

これからも、自分の出来る範囲で被災地域の皆さんを応援させていただきます!!

書きながらお辛かったでしょうに、アップして下さってありがとうございます。

どうか、お体に気をつけて…!!
2011/04/16(Sat) 23:29 | URL  | NATSU #79D/WHSg[ 編集]
5. 無題
遠く離れた場所で、インターネットの映像でしかその様子を知り得ることができずに今日までいましたが、ユトさんの、本当に体験した臨場感あふれる記事に、涙が止まりませんでした。
子どもを守らなくてはならないという身で、私はどんな風にできたのだろうか、想像しかできませんが、身震いするばかりです。貴重なお話を聞かせてくださってありがとうございました。
そして、皆さんが無事で本当によかった。
これからは、親または子、兄弟などなどを亡くしてしまった方々のために、ここからでもできることをしたいと思っています。
そしてまた、愉快なユトさんとちびくんのブログを楽しみにしています。
2011/04/17(Sun) 06:28 | URL  | mooshka #79D/WHSg[ 編集]
6. 無題
無事、ご自宅に戻られたんでしょうか?
震災は本当に大変でしたね…
私も阪神淡路大震災の時は、自分の目を疑いました。
何度か遊びに行った神戸の街が、見る影もなくなって瓦礫で埋め尽くされていました…
あれから16年。
神戸の街は復興しています。
時間はかかるかも知れません。
でも大丈夫!
日本人は意外としぶといんです。

私も経済を回すため(?)、ミックスかりん糖とばかうけを買ったよ!
かりん糖は1袋丸々食ってやったぜ!!
…った、体重が(T_T)
2011/04/18(Mon) 13:25 | URL  | けんはは #79D/WHSg[ 編集]
7. 無題
チビちゃんの「なおせるの!」の言葉に
涙が出てしまいました。
大丈夫、大丈夫、日本だけじゃなくて世界が味方だからね!
みんなで直していこうね!

本当に本当に怖い体験でしたね…。
目の前で地割れ…想像を絶します。
チビちゃんと二人だけの公園で、怖さ倍増でしたよね。
守る子がいるぶん、余計怖かったですよね。
遠く離れた関東の私でさえ、怖かったあの地震。
きっと、言葉にはし尽くせぬほどの恐怖だったんでしょうね…。
おこがましいだなんて、思わないでください。
雪の中、車に避難したり、電気や水がない生活をしたり…。
それこそ、関東でぬくぬく節電だなんだと騒いでいた自分が
心の底から恥ずかしくなりました。

一日も早く、日本が元気を取り戻しますように!
ユトさん、お金貯めて、いつか宮城にユトさんに会いに行くから
それまで待っていてね~!!
2011/04/19(Tue) 15:38 | URL  | あい #79D/WHSg[ 編集]
8. >ももさん
まだ秋田なんですよー。
今週末に帰れる予定です!
余震も原発もまだまだ怖いけど、
10年弱、宮城県民やってると、
やっぱ愛着みたいなの沸いちゃった。
帰る場所だなーって思う。自宅あるしね。(*^▽^*)

ほんと、あれから泣きっぱなしだよねw
遠い秋田にいるより、あの場所へ帰って、
みんなで復興してくのを見守りたいです。
だから何か帰りたい。(*^▽^*)
落ち着いたら絶対遊びましょうね!
2011/04/19(Tue) 16:25 | URL  | ユト #79D/WHSg[ 編集]
9. >amakkoさん
阪神大震災、私あれ、朝起きてTVつけて、
暫く把握できなかったの覚えてる。
毎日ニュース見て泣いてたなぁ。
やっぱり記憶、飛んでますか・・・。
人間って、ある意味うまく出来てるんですね。
これから、どんどん復興していくのを見守りたいな。
そしてバアチャンになった頃、
子孫に語ってあげたい。それがある意味役目だよね。(°∀°)b
2011/04/19(Tue) 16:29 | URL  | ユト #79D/WHSg[ 編集]
10. >ハオトサクラさん
そうなんですよ。
自分ひとりだったら何とでも喚けるけど、
子供がいるとそうはいかないんですよね。
親が「怖い」と言ったら子供はもっと不安に思うかも・・・みたいな。
地震の最中は我慢しましたwww
あとから「怖かったね」って話したけど。A=´、`=)ゞ
私も津波の大きかった地域の人たちの笑顔、
早く戻ってほしいって願ってます!
2011/04/19(Tue) 16:33 | URL  | ユト #79D/WHSg[ 編集]
11. >NATSUさん
ほんと、すべてを失った人達に掛ける言葉が選べないです。
津波や地震は仕方ないけど、原発はほんと、もうね、
政府も東電も何やってんのよ!って思う。
すべてが落ち着く日を願うばかりです。
2011/04/19(Tue) 16:36 | URL  | ユト #79D/WHSg[ 編集]
12. >mooshkaさん
ご心配いただき、ほんとにありがとうございます!
あの日はもう無我夢中でした。
何とかなるもんですよ、本能でww
今だからそう思えるかな。
きっと母には備わってるんだと思います。

これからもどうぞよろしくですp(^-^)q
2011/04/19(Tue) 16:40 | URL  | ユト #79D/WHSg[ 編集]
13. >けんははさん
実はまだ秋田なんですよー。
でも今週末には帰れそうです!
余震も原発も怖いけど、やっぱ自宅がいいなー。
ほら、義実家って、やっぱ気を使うしねwww
さ、私も見習って、経済まわそう!
アルフォートがんがん食べよう!www
2011/04/19(Tue) 16:42 | URL  | ユト #79D/WHSg[ 編集]
14. >あいさん
チビが「なおせるの!ぐちゃぐちゃなおせるの!」って
初めて震災後聞いたとき、実は私も泣けた。
今でも言うんだけど、ジンワリくる。
チビやポンチャンたちの未来だから、
何とか美しい地球に戻っててほしいよね。

いつか会えるといいですね!
待ってますよー!!
つか、私も関東行く用事あったら会いに行きますから!
2011/04/19(Tue) 16:46 | URL  | ユト #79D/WHSg[ 編集]
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